LOVE VINYL COLUMN

「10枚ほどのレコードと大きなステレオは、まだ20代の若き二人が自分たちの新しい生活を豊かにしようとした証だった。」

田中克海(民謡クルセイダーズ)

2020.08.13

音楽好きをこじらせて、はや幾年。
気がつけば、年中無節操にレコードを探し、音楽を垂れ流し続けている様な僕ですが、
これは僕が小さかった頃、家にあったレコードにまつわるお話し。

60年代末、父と母は学生運動の火花散る地方の大学で出会い、結婚をした。
父は医者への道をドロップアウトして左翼活動に情熱を注ぎ、東京へと拠点を移すために、母親は父の活動をサポートしながら公務員として働くために、田中家の三人は、父が見つけてきた川崎の小さなアパート「やよい荘」へと引っ越した。

やよい荘は2DKの古い木造で、二つの部屋を横長のダイニングキッチンが繋ぐ造りだった。
手前の部屋は父の書斎として壁一面本で埋め尽くされていた。
しょっちゅう仲間が来ては、もうもうとしたタバコの煙の中で夜遅くまで熱い会議が繰り広げられていたのを覚えている。

玄関を入ってすぐの横長のダイニングには大きい食卓があって、両親二人は僕を挟んで座るのだが、だいたい政治の話しをしだすので僕は退屈になり、視界に入る二人の口元から胸のあたりを交互に見ながら
この訳のわからない話しが終わるのをひたすら待っていた。

もうひとつの奥の部屋は寝室で、そこには大きなスピーカーにキラキラしたラメのネットが貼ってある長い脚のついた一体型レコードプレーヤーが窓際の中央にドカンと置かれていた。

日曜日の午前中、光の差し込む窓際でコーヒーを飲みながら父がレコードをかけていたのを思い出す。

父は、やたらと本を詰め込んだ肩掛けカバンを下げて、毎日朝早く出かけて夜遅く帰ってくるのだが、日曜日だけは休みにしていたのだろう。レコードをかけるのは決まって日曜日だった。

それは幼い僕には政治の話と同じ、興味の湧かない大人のための音楽だった。

家にあったレコードは10枚そこそこ。それを繰り返し、繰り返しかけ、午後には将棋の相手をしてくれたり、キャッチボールしてくれたりした。

怒鳴られた記憶がないほど優しい父で、目を細めた笑い顔で「かまへん、しゃぁないがな」なんていう気の抜けた関西弁が口癖だったが、
父の活動がある種のしんどい空気を抱え続けなければならないモノだというのは子供ながらに分かった。

だから、そんな父にとって日曜日がささやかな休息日だったのなら良かったと思う。

そして僕が音楽を沢山聴く様になるにつれ、家のレコードたちが徐々に理解できる様になって行った。

学生運動のアンセムにもなっていただろう、岡林信康の「今日をこえて」「それで自由になったのかい」。
JAZZ好きの父の定番だった、アート・ブレイキーの「ジャスティス」、ジョン・コルトレーン「SAY IT」。
アル・クーパー&マイクブルームフィールドのヒップなダンスナンバー「ザッツ・オールライト」。
ボブ・ディラン&ザ・バンドの「こんな夜に」や「ヘイゼル」。
サイモン&ガーファンクルの「アイ・アム・ア・ロック」「59番街橋の歌/フィーリン・グルーヴィ」。
ペドロ&カプリシャスのラテン・ロック「夜のカーニバル」。
ジョー・コッカーの「心の友」。
やよい荘に引っ越した年にリリースされた中川五郎の「25年目のおっぱい」など。

珍しいモノはないけど、どれもこれも録音された時の革新的なピカピカしたサウンドばかりで、そこから何処にでも行ける様な可能性に満ちている。

10枚ほどのレコードと大きなステレオは、まだ20代の若き二人が自分たちの新しい生活を豊かにしようとした証だった。

1976年、日曜日の朝の光の中、三人のやよい荘ではこんな歌が流れていた。

あなたの手に、いつもやるべき事がありますように
あなたの足に、行かなくちゃならない所がありますように

時代の風向きが変わるその時に
あなたは流されずにいれますように

あなたの心が常に歓びに溢れていますように
あなたを讃える歌がいつまでも歌われますように
あなたが自分らしくいれますように

フォーエバー・ヤング フォーエバー・ヤング
そのままでいて フォーエバー・ヤング

 

田中克海(民謡クルセイダーズ)

1971年岡山生まれ、神奈川育ち。
中学でThe MODS、横浜銀蠅のカバーバンド
高校でヘヴィーメタルのカヴァーバンド
社会人でジャンプブルースのカヴァーバンド
40歳で日本民謡のカヴァーバンドをスタート。
現在に至る。


WEB:https://minyocrusaders.tumblr.com/
Twitter:https://twitter.com/minyocrusaders
Instagram:https://www.instagram.com/minyocrusaders/

SHARE