「音楽は人を狂わせ、その後の人生までも変えてしまうことがある。情動に駆られた彼は、この甘美で魅惑的なアルバムに心の内を記した手紙を添え、彼女に送りつけてやろうと思いつく」

DJサモハンキンポー
ミュージシャン / DJ / 編集者 / MAD LOVE Records主催 / 思い出野郎Aチーム

2020.07.07

「キングストンからのラブ・レター」

もっぱらspotifyなどストリーミング・サービスで音楽を漁る日々。家にいながら簡単に聴きたい音にたどり着けてしまう昨今であるが、便利な反面、膨大なアーカイブの中の一枚のアルバムに対する印象というのはどうしても流動的になってしまう。一方、レコードも音楽を聞くという媒体であるが、音楽的な内容だけでなく、記憶や思い出など個人的な体験を呼び起こすことがある。例えばジャケットを見ただけで、レコ屋に行った時の天気や、その後行った喫茶店で飲んだコーヒー、そのレコードをかけたパーティーでの失態など、断片的な出来事がぼんやりとフラッシュバックする。私にとってレコードは思いを馳せるツールと言っても過言ではないかもしれない。

ここに一枚のレコードがある。数年前に新宿のNAT recordsで購入したThe SkatalitesのメンバーでもあるTommy McCookの『Brass Rockers』という1975年の名作ダブ・アルバムだ。メロウかつダビーでKing Tubbyの手腕が光る傑作だが、買った当時から保存状態は悪く、さらに表紙と中の紙内袋に何やら英語が殴り書きしてあった。

あまりにクセのある字体な上スペルミスが多く、まともに読むことができなかったので、ミネアポリス出身の友人DJに見てもらったところ、半分以上は何が書いてあるかわからないが、どうやらこれはラブレターのようだと言う。「キングストン通り」と自分の住所まで書いてあるので、ジャマイカ人の手紙のようだ。

早速、彼に書き起こしてもらった英文を、拙い私の英語力で以下に訳してみた。

親愛なるパットへ
いかがお過ごしでしょうか。突然のお手紙、失礼します
私は未だにあなたを狂おしいほど愛しています
でも一つ耐えられないことがあります
あなたは新しい命を身ごもっていると聞きました
あなたにまた恋をしてしまったけれど、これは秘密です
私の主は愛を知り尽くすもの(語順が無茶苦茶なのだが、おそらくキリスト教的な決まり文句？)
私が欲しいのはあなたと過ごした愛の夜だけ

ここで原稿を書いている練馬区のマンションからジャマイカの夜に思いを馳せてみる。

彼は昔の恋人を未だに引きずっているが、彼女にはどうやら新しい家族ができるらしい。キングストン通りの片隅で、共通の友人から風の噂を聞き、嫉妬にかられ悶々としているジャマイカンの男が一人、部屋で思い悩んでいる。ねっとりとした孤独な夜のBGMはもちろん、Bunny Lee率いるハウスバンドThe Aggravatorsのリディムに乗って縦横無尽にダブワイズするTommy McCookのサックスだ。

音楽は人を狂わせ、その後の人生までも変えてしまうことがある。情動に駆られた彼は、この甘美で魅惑的なアルバムに心の内を記した手紙を添え、彼女に送りつけてやろうと思いつくも、相手は新しい男も子供もいる身。果たして彼女に迷惑がられやしないだろうか、自分は間違ったことをしているのではないかと自問自答を繰り返す彼の苦悶が痛いほど伝わってくるではないか。

手紙の最後は「All I want is Love Night,Please」と締められている。かなり直接的な書き方をする人だな、と戸惑う人もいるかもしれないが、これは彼の心からの叫びだ。この文末の”Please”という一言に、彼の想いが集約されている。そして彼女とのオアツなノーチェ・トロピカル（熱帯夜）を思い出すにつけ、失ってしまったものの大きさに愕然とするのであった。

このアルバムは1975年にリリースされているので、もう45年近く前の手紙だ。このようにレコードは時を超え、予期せぬ”思い”を誰かに伝えることがある。

果たして彼は、この名盤に手紙を添えて、彼女に届けたのであろうか。この盤をレコード屋に売ったのが彼であることを私は切に願ってならない。

DJサモハンキンポー
ミュージシャン、DJ、編集者。MAD LOVE Records主催、思い出野郎Aチームのパーカッショニストという顔を持ちながら、大小問わず数々のパーティーにDJとして出演し、夜の夢を詮索中。2020年9月、企画編集を手がけたYOSHIRO広石の自伝本『YOSHIRO～世界を驚かせた伝説の日本人ラテン歌手～』が焚書舎より刊行予定。